希望の学校の発足

1977年、スルタニ・トロペカイは夫の留学のために来日しましたが、その2年後に内戦が始まり、平和な日本に住みながら、母国で人々が殺され国が破壊されて行くのを心臓がえぐられるような思いで見ていました。

2001年にアメリカで起きた同時多発テロの後、アフガニスタンはアメリカによる激しい空爆を受け、タリバン政権は崩壊し、世界の目がアフガニスタンに向きました。このときスルタニは「今こそ何かしなくては!」という強い思いに駆り立てられて、国の再建のために女性の学校を建設しようと考えました。そして、20024月にくつば市でボランティアグループ「希望の学校」を立ち上げました。


アフガニスタン訪問とNGO登録

20028月、25年振りにアフガニスタンの地を訪れたスルタニは、想像を絶する光景を目のあたりにしました。建物はほとんど破壊され、元の面影はどこにもありませんでした。多くの思想家、教師、医者、作家、政治家が殺され、家族を皆殺しにされた子供も多く、女性たちは人々の前で屈辱を受け、国も人々の心も病んでいました。

また戦争のせいで成人男性の人口が極端に減少し、仕事に就く能力のない戦争未亡人がたくさん残されました。彼女たちは子供たちを抱えながら親戚に頼ったり物乞いをしたり、また幼い子供たちは家族を助けるため、学校へ通わずに働かなくてはなりません。

「希望の学校」は、このような女性たちに基本的な識字力と洋裁技術を身に付けさせ、就職への道を開くために女性の学校を建設することを目指して、アフガニスタン政府にNGO登録しました。


カブール校「KIBOU」発足

200310月に「希望の学校」はカブールに小さな建物を借りて生徒6人、先生4人で学校を発足させました。現在まで1644歳の約700人もの女性がここで勉強して、洋裁で生計を立てるようになったり、KIBOUの先生になったりしています。学ぶ喜びを知って自信と誇りを持ち始めた女性たちの顔は毎年輝きを増し変わって行きます。

しかし今なお、女性の教育に対する保守派やタリバンからの反対は強く、学校や教師、生徒への多くの妨害時事件が起きており、最近では怖くて学校に行けない生徒が増えています。

私たち「希望の学校」は、生徒たちの希望の火を絶やさず「今日も明日もそこにある学校」を持続させ、子どもたちが働かなくて済む社会が実現するよう、女性の自立支援の努力を続けていきます。


保育室の新設とJICAによる支援

20065月に国連女性開発(UNIFEM)・升本美苗基金の支援によりカブール校に保育室が設置されました。それまでは、洋裁の授業でハサミや針を扱うため、子連れの生徒や先生たちは危なくて困っていましたが、保育室が開設されて、母親たちは安心して勉強できるようになりました。

また20069月には、JICAと茨城県の「草の根技術協力事業」の支援により、カブール校の保育担当の女性が研修生として3ヶ月、つくぼ市内の保育園で保育や衛生の基礎を学びました。さらに2007年、2008年の同事業では、洋裁の研修生を2名ずつ招へいし、日本の高い技術を学ぶ機会を得て、さらに人間としての自信や勇気も身につけることができました。このことが何より大きな成果だったかもしれません。


今後の活動に向けて

5人の研修生は、カブールに帰ったら日本で得た経験を"KIBOU"の女性たちに広めると固く約束して帰国しました。彼女たちを支援しながら、洋裁と衛生という2つを軸に活動を広げたいと考えています。

(1) 洋裁の研修生たちが身に付けた技術をアフガニスタンの女性たちにしっかりと伝えるため、ダリ語で図入りの教材を作り、さらにアフガニスタン女性の体型に合わせた型紙を作る予定です。

(2) うがい、手洗い、清潔な衣服、下痢の時に水を飲ませる、といった衛生の基本的な知識を母親たちに広める支援をする。また、高血圧や糖尿病に悩む多くの人のため、油を控えるといった栄養の基礎知識を広める機会を作る。さらに、ゴミの放置がいかに人々の健康を害しているかを考えてもらうために、ビデオなどでゴミの害を知らせ、解決方法を提案する。


賢い母は歴史を変える

今、アフガニスタンはとても治安が悪く、生徒が通学するのさえ危険な状態です。このような愚かな果てしない状況に終止符を打つのは、武器ではなく教育の力だと私たちは信じています。女性が経済的に自立できれば、自分の思いをはっきりと主張できるようになります。そして、自分で考えることができる賢い母親によって育てられた子供は、内戦を繰り返してきたアフガニスタンの歴史を変えることができるでしょう。


アフガニスタンは今

アフガニスタンでは、1979年のソ連侵攻後、20年以上にわたって内戦が続きました。200110月にタリバン政権が崩壊し、多くの国々がアフガニスタンの再建と復興を支援していますが、今もなお人々は食料難と電気や水の不足により、苦しい生活を強いられています。

長く激しい戦争で緑豊かだった国土は破壊され、農業の基盤がくずれ、代わりにケシの栽培や賄賂がはびこっています。仕事がないため、家族を養うために子供をたった数百ドルで売ったり、自爆テロを起こしたりする人が増えています。


また女性は、伝統的な習慣や間違った宗教的な解釈、貧困や戦争によって、教育の機会を奪われ、憲法で女性の教育が保証されても、実際には20%の女性しか教育を受けてきませんでした。また学齢期を過ぎた女性は入学することができず、その結果、未だに成人女性の11%しか読み書きができない状態です。

物乞いをする母親