2004年2月
読み書きのクラスが2クラスになりました。教科書も手に入りました。3月にはこのFaxを送るつもりでしたが、故障していたので遅れました。教科書と一緒にノートも配らねばならなかったので、ノートを60冊ほど買いました。ホワイトボードも買いました。陽が長くなったので、授業開始時刻を1時間早めました。
今月、本校の生徒数名はアフガンセンター(アメリカの支援している組織)の運営している学校に移りました。なぜなら、アフガン・センターでは生徒に$15の現金と物資の支援をしているからです。子供もセンターの保育園に預かってもらえ、そして修了時にはミシンがもらえます。また、生徒を集めるため毎月$50と食料品を支給する学校もあります。カブール市内全域で少なくとも50%の女性達に識字教育を施さねばならないということになり、識字教育機関があちこちに出来ています。先生達は色々なところを回って生徒を集めていますが、女性達は教育以外にも援助が約束されている所に行きます。
生徒達は服飾デザインとビーズ工芸のメヒリ先生の授業にとても興味を持っています。布が足りないので、先生はまず紙で練習させてから布を使うようにさせています。また、自宅にある布で何かを作るという宿題も与えています。必要なものは私が店で買っています。
3月8日の国際婦人デーを、我々の学校でも祝い、全ての教員と生徒がスピーチをしました。生徒にはミルクティー、教員にはチョコレートが振舞われました。また、生徒達にはノート1冊とペン1本もプレゼントされました。全教員と生徒から日本の希望の学校の皆様にお祝いを申し上げます。
2004年3月
学校は午前中に2つのクラスがあります。1時間目のクラスは新入生達で、アルファベットから勉強しています。
新入生は20名で、ほとんどが主婦のため午後の時間帯を希望しています。生涯学習部から、ホシュマ先生が派遣されることになりました。これで教員はアジザ、アイシャ、メヒリ、ファリダ、そしてホシュマ先生の5人と私ということになります。
Kibouの開校後、延べ100人ほどが入学しましたが、様々な理由によりやめていきます。他の学校へ移ったり、引越ししたり、また交通手段の問題で時間通りに来られなかったりです。多くの女性達は経済的に豊かではなく借家住まいのため、引越しが多く学校に来られなくなります。今月だけでも10人の生徒が住むところがなく他へ引っ越すため、教科書を戻して学校もやめることになっています。アジザ先生とアイシャ先生の努力により、近隣から30人ほどの生徒が入学しましたが、ほとんどが幼児を抱えた主婦なので、子供のために休むことが多いです。ですから託児所が必要なのです。
Kibouの近くの幼稚園に相談して何人かの子供を預かってもらっていますが、乳幼児は預けられません。
3ヶ月に一回提出するレポートを計画省に出しました。それから、学校に必要な備品を買いました。教員への給料も、普通どおりに払われています。

生徒の作品
(ショール黒・白)
刺繍部分の拡大写真



